医者としてのすべてのプライドを懸けろ

医者としてのすべてのプライドを懸けろ

上山博康
(旭川赤十字病院第一脳神経外科部長脳卒中センター長)

      

(『致知』2007年6月号 特集「切に生きる」より)

秋田脳血管研究センターの
伊藤善太郎先生から学んだことはたくさんあります。

まず伊藤先生に接していて一番違和感があったのは、
患者さんが亡くなると深々と頭を下げて
「力及ばず申し訳ございませんでした」と謝るんですよ。

それまで、謝るなんて言葉は僕の辞書にはなかった。
重症で手の施しようのない患者さんに対して、

「そうやって謝ったら、こっちに落ち度がないのに
医療ミスのように取られてしまいませんか」

と言ったんです。すると伊藤先生はこうおっしゃったんです。

「それは上山、医者の論理だろう。
 医者にはダメだと分かっても、
 患者さんの側には分かるわけない。
 助けてほしいから来ているんだよ。
 俺たちに力がないから助けられないんだよ」

衝撃でした。
その時の伊藤先生の言葉はいまでも忘れません。

それから、

「目線の高さを変えるな」

とも言われました。

「患者は人生を懸けて手術台に上るんだ。
 俺たちは何を懸ける。おまえのプライドを懸けろ。
 医者としてのすべてのプライドを懸けろ。
 それしか患者の信頼に応える方法はないんだ」

普段は穏和な伊藤先生が、
その時ばかりはゾッとするくらいの気迫でした。

      (中略)

伊藤先生は44歳の若さで亡くなられましたが、
先生のバトンを本当の意味で受け取れたのは、
その後北大に戻って、
ある脳腫瘍の患者さんの手術を行ってからだと思います。

伊藤先生が亡くなった後、退官前の都留先生が
「戻ってこい」と声を掛けてくださいましてね。
再び北大で頑張っているところに
その患者さんは来られたのです。

それまで何度も開頭手術をしたけど腫瘍が取れない。
僕とは妙に気が合いましてね。
難しい症例でしたがなんとか助けてあげたかった。

それで、腫瘍に通じる内頸動脈から
カテーテルを通して特殊な接着剤を入れ、
腫瘍を固めて壊死させる
特別な手術を行うことにしたんです。

手術は順調に進み、終盤に差し掛かって
いよいよ接着剤を注入する段階に来ました。
4ccほど問題なく入りました。
そこでやめればよかったんですが、
腫瘍が大きかったのでさらに注入したんです。

その瞬間、接着剤がよそに流れ込まないよう
留めていた2本のクリップが開いたんだと思います。
接着剤は全部脳幹に流れていきました。
顕微鏡を見て分かりましたよ。
あっ、これはダメだって……。

あの時の感覚は生涯忘れません。
空気が凍りついたというか、
時間が停止して違う次元へ飛んでいったというか。

もう手術室にも、自分の個室にも、
どこにも行き場がないんです。
脳裏には手術前の彼の笑顔が浮かんでいました。

「俺には独り立ちできていない
 子どもが2人いるから、まだ死にたくないんだ。
 俺、先生に任せるから、頼むよ」

自分の愚かさが歯がゆくて、悔しくて……
そのままご家族のところに行き、
土下座して謝りました。
奥様は泣いたままでした。
ご長男が涙を拭きながら言ってくれました。

「……父は先生のことが好きで、
 先生を信頼して手術を受けると言いました。
 父の信じた先生が、
 一所懸命やってこうなったんだから、
 悔しいけど仕方ありません……」

あの時ですよ、伊藤先生の言葉の重さを
本当に理解できたのは。

患者さんは命を懸けて僕たちを信頼する。
手術前に遺書を書く人もいますが、
患者さんはそのくらいの覚悟で手術台に乗るんです。
医者にもそれと同等の覚悟が要るんです。

「先生に任せるから」と言ってくれた彼の悔しさが、
僕にはどうしても忘れられません。
いまでもあの笑顔が脳裏から離れません。
だから僕は手を抜けないんです。

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「人間力.com」は月刊誌『致知』より引用しています。

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