童話作家・あまんきみこさんの名随想

童話作家・あまんきみこさんの名随想

「 “生” と “生” を重ねて生きる」
あまんきみこ(童話作家)

      

(『致知』2009年9月号「致知随想」)

あっ、お母さんの目の中に私がいる――。

まだ幼い頃、母の膝の上に乗って、
その瞳の中に小さな自分が映っているのを発見した時の驚きを、
私は大きくなっても忘れることができませんでした。

そして40歳も過ぎてから、その体験を基に
『おかあさんの目』という童話を書きました。
『車のいろは空のいろ』や『ちいちゃんのかげおくり』などの
私の童話作品は、いずれも自分の幼少期や少女時代の出来事を
基に綴ったものです。

皆さんからはよく
「童話を通して子供たちに何を訴えたいのですか」
という質問を受けることがありますが、
私が作品を書く目的や喜びは、
それとは別のところにあるような気がします。

若い頃の私は、嫌なことや悲しい出来事を、
できるだけ忘れたり、後ろへ振り捨てたりしながら、
とにかく前に向かって歩いているように考えていました。

けれども40歳を過ぎた頃、ハッと気がつくと、
実は捨てたものなど何一つないことに、
辛いことも悲しいことも、みんな自分の中に
抱え込みながら生きているのだ、
ということに思い至ったのでした。

嫌な記憶を捨ててしまいたい、
という気持ちは確かにあったとしても、
それを本当に捨て去ることなどできないのが、
人なのかもしれません。

私たちはちょうど木の年輪のように、
赤ちゃん時代、幼年期、少年少女期、
青年期、壮年期といった年代を、
すべて自分の体内に抱え持って生きている。

私はその体の中に入り込んで、ワクワクしたり、
ドキドキしたりした記憶を蘇らせて物語を紡いでいく。
ですから私は本を書き上げる時に、
必ず自分の作品の中から、何かしらの「発見」をもらうのです。

また、その内奥を深く辿っていくと、
私たちの思念は意外なほど年輪の中央の部分、
つまり幼年期の感覚に指示されているように思います。

  * *  * *  * *  * *  * *

私は1931年に旧満州で生まれ育ちましたが、
目を閉じた時に浮かんでくるのは不思議と、
母と里帰りをした時の宮崎県の風景です。

母は私が19歳の時に胃がんで永眠しましたが、
私は母がどんなことを考えて生きていた人だったかを、
不思議なくらいによく認識していました。

その理由について、ほんの数年前に気がついたのですが、
母はスクラップブックを作って、
そこに新聞や雑誌記事の切り抜きや自分の好きな言葉、
美しい風景写真などをたくさん貼っていたのです。

一人っ子で、しかも病弱だった私は、
その本を飽かずに眺め、それによって母の生き方や考え方を、
知らず知らずのうちに学んでいったのだと思います。

母自身は意識していたかどうかは分かりませんが、
私はそれを通して一つのメッセージを
もらっていたように感じるのです。

母は私たち家族にとって扇の要のような存在でしたから、
母が亡くなってしまった時には、
自分自身でもどうしてよいか分からないくらいに、
来る日も来る日も泣き続けました。

そうしてたくさん泣いた後で、
私はこう考えることによって立ち上がることができたのです。

「私の中に母はいる。
 死んだ人は、生きている人の体の中にいるんだ――」と。

母が亡くなったのは十二月ののことでしたが、
次の年の春に、私はやっと春風に
吹かれるような思いがしました。

その後、結婚して子供を胎内に宿した時、
あぁ、母はこんな思いだったんだな、
こんなに大変な思いをしたんだな、
という感慨がこみ上げてきて、
まるで母と一緒に生きているような錯覚を覚えました。

母が永眠する前の日の晩に
「私はあなたの子のお守りをして、いっぱいかわいがりたいわ」
と話していたため、余計にそんな気がしたのかもしれません。

赤ちゃんが生まれると、私は今度、赤ちゃんの立場になって、
母親になった自分と接することもできました。
つまり、子供を育てながら、自分の中に母の姿を見、
我が子の中に幼い日の自分の姿を見ることができる。

そうすると、私は一人で「3重の生」を
生きることができるのです。

子育ては大変だという皆さんの声をよく耳にしますが、
見方を変えれば、非常に豊かな経験のできる時代であると
いえるのではないでしょうか。

私は子育てをしながら、
お母さん、あの時はこんなだったのね、
こんな思いだったのね、と、
いつも母と対話をしながら過ごしていました。

母の人生を自分自身に重ねるように
過ごしていたからでしょうか、
母の享年である43歳の年齢に近づいていくにつれ、
私は非常に苦しい思いになりました。

しかしその感覚が、43歳になった時に
ぷつっと消えてなくなったのです。
おかしな言い方かもしれませんが、
そこからの私の人生は、余生のように感じたこともありました。

現代は簡単に人や自分の命を殺めてしまう時代ですが、
人が一人死ぬということは、
その人の中にあるたくさんの命もまた、
同時に死んでしまうということです。

あなたの命は、あなた一人のものじゃない。
だからもっと自分の命を大事にしてほしい。

そんな願いが、本を読む子供たちとも
響き合ってくれればいいなと思いながら、
大切な記憶の一つひとつを言葉にしていっている毎日です。

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「人間力.com」は月刊誌『致知』より引用しています。

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