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上司に投じた一手

「上司に投じた一手」
原田和明(三和総合研究所理事長)

    

(『致知』1998年6月号 「致知随想」より)

長年愛好してきた将棋が、
人生の節目節目にさまざまな縁をもたらしてくれた。
将棋を抜きにして私の人生を語ることはできない。

思えば昭和三十一年、江戸っ子の私が
住友とならぶ関西系銀行の雄、
三和銀行に入行したのも、
元を正せば将棋がきっかけであった。

入行前の東大時代、私は将棋部に所属していた。
キャプテンを務めた三年のとき、
わが部は関東大学リーグで優勝。

続いて関西の覇者関西学院大学と京都で対決し、見事勝利を収めた。

試合後、部の友人に誘われて初めて大阪見物をした。

カネのない学生時代のことである。
旅費を浮かすため、以前同じ下宿に
住んでいたという友人の先輩を頼り、
その人が勤める会社の寮に泊めていただいた。

先輩の素晴らしい人柄と、寮の明るく
自由な雰囲気に感激した私は、
こんな会社なら入ってもいいと思った。
それが三和銀行であった。

“我こそは、将棋部最強の棋士なり”。

三和でも将棋を続けていた私は、
自己宣伝に余念がなかった。

実際入行間もないころは、他行と覇を競う
インターバンク戦でも大いに活躍、
三和銀行将棋部、黄金時代の立て役者となった。

ロンドン勤務で一時日本を離れたとたんに
部の成績が振るわなくなったところを見ると、
私の思い込みもあながち外れてはいなかったようだ。

このところ仕事に忙殺され勘が鈍りがちだが、
まだまだ若い者に負けはしない。
何しろ私はいま、将棋部の会長なのだから。

  * *  * *  * *  * *  * *

そんな私の脳裏に、いまも鮮明に焼き付いている出来事がある。

あれは昭和五十七年から翌五十八年、
私が名古屋支店の次長を務めていたころのことである。

当時名古屋支店では、後に日本造船に移り、
不況に喘ぐ同社の再建を見事果たした
名経営者・藤井義弘さん(現日立造船会長)が、
取締役支店長として辣腕を振るっておられた。

筆頭次長の私は藤井さんのもとで
人事、貸付、外為を担当、厳しく鍛えていただいた。
そのときの体験は私の大きな財産になっている。

いまも付き合いは続いており、
難問にぶつかれば教えを乞う間柄である。

藤井さんという人は、
一時も落ちついていられないせつかちな性分で、
皆から“ファントム”とあだ名されていた。

その仕事ぶりが、マッハのスピードで空を飛ぶ
戦闘機・ファントムそのものであったからである。

そんな藤井さんのもとで仕事ができることを、
私は大いに誇りに思っていたが、
一つ気になることがあった。

それは人事考課のスタンスであった。

藤井さんはどちらかというと、自分のテンポに、
パッパッと対応できる、当意即妙の部下を好んだ。

私の見たところ、それが明らかに
人事考課にも反映されており、
物事をじっくりと考える熟考型の人間が
割を食っている感があった。

私は担当次長として、
いずれこの偏りを何とかしなければならないと
機会を窺っていた。

そんな折、ある懇親会に藤井さんと
同席する機会がおとずれた。

程よくアルコールも入り、腹を割って話をするには
絶好のチャンスであった。

「支店長は将棋を指されませんが、
 升田幸三、大山康晴両名人の名前くらいはご存じでしょう」

 
私は得意の将棋の話に引っかけて切り出した。

升田、大山の両名人は、全く違ったタイプの棋士である。
言動が派手で当意即妙タイプの升田に対し、
大山はじっくり型で当初は非常に地味な印象を
人々に与えていた。

しかしその後、両者の明暗はくっきりと分かれる。
升田がわずか二期しか名人位を保持できなかったのに対し、
大山は長年棋界の頂点に君臨。
ついには永世名人の称号を得るのである。

私は熱心に藤井さんを口説いた。

「私が言うのも借越かもしれませんが、
 支店長の人事はどうも升田型偏重のきらいがあります。

 もっと大山型も評価していかなければ、
 人事のバランスが崩れてしまうのではないでしょうか」

 
考え抜いた上での一手であった。ところが藤井さんは、

「何言ってんだ」

と、怒気をあらわに反論した。

曰く、こんなテンポの速い時代に、
じっくり考えている余裕などない。
お前の言うことなど、受け入れられないと。

私も立場の弱いサラリーマンである。
一瞬「言い過ぎたかな」とも思ったが、
肚は相当固まっていた。

翌日から会社で顔を合わせても、
必要なこと以外一切言葉を交わさなかった。
ささやかな抵抗である。

当然藤井さんにも、私の気持ちは伝わっていたはずだ。

  * *  * *  * *  * *  * *

三日目の昼。藤井さんのほうから声をかけてきた。

「おい、原田。一緒にメシでも食いに行こう」

藤井さんが昼食によく使っていたのは、
オフィスの地下にあるそば屋だった。

麺をかき込み、ものの十五分もすれば席に戻って
仕事を再開する人だった。

その日連れて行かれたのも、かのそば屋であった。
互いにむっつりと口を結び、黙々とそばをすすった。

食べ終わって店を出るとき、私はひと言
「ごちそうさまでした」
と礼を言った。すると藤井さんは不意に、

「お前の言ったことも一理あるから、これから考えるわ」

と、私を置いてそそくさと事務所に戻っていった。

私は一瞬きょとんとなった。

どうやら例の人事のことらしい。

酒の席でいったん私の意見を退けはしたものの、
後でじっくり再考してくれたようだった。
胸の熱くなるような思いがした。

それを契機に藤井さんの人事考課のスタンスは変わった。
部下の提案に真剣に応えてくれる藤井さんに対し、
私はますます尊敬の念を募らせていった。

私の30年にも及ぶ銀行生活のなかでも、
忘れられないエピソードの一つである。

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「人間力.com」は月刊誌『致知』より引用しています。

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