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人生のどん底での出光佐三氏との出会い

大石邦子(エッセイスト)

      

『致知』2015年5月号「人生心得帖」

大石 私は出光さん(出光興産創業者・出光佐三氏)
に出会っていなければ、
いままで生きてはいられなかったと思います。
本当に支えていただきました。

私は出光興産に勤めていましたが、
こういう体になって再起の見込みはないと
医師に宣告されましたので、退職しました。

それから二年くらい経って、
まず本社の人事部長さんが訪ねて見えました。
何だろうと思いました。
「店主(出光氏)に『東北の子供が事故に遭って
動けなくなって退職したと聞いたが、本当か』と聞かれた」と。

そして「君は自分の子供が病気になって動けなくなったら、
その子は要らないと言うかね」と言われ、
様子を見てくるように言われたのだそうです。

出光興産は「大家族主義」といって、
社員は家族と一緒、出光さんにとっては
全員が子供だというお考えで定年制もない会社でした。

といっても、私は既に辞めた人間です。
それなのに今度は雪深い初市(一月十日)の日、
出光さんご本人が来てくださったのです。
「くーちゃん、来たよ」と言って私の手を握り、
「私もこれまで〝出光は自殺するのではないか〟と
噂されるほど苦労もした。
その苦しみがいつか楽しみに変わった。
くーちゃんも、必ずそうなるからね。頑張りなさい」と。

そして、「君のご両親は私の息子と
同じくらいの年齢だから、君は孫だ。
きょうから〝おじいちゃん〟と呼びなさい」とおっしゃったんです。

もちろん、一度もお呼びしたことはないですが、
亡くなられる直前まで、
いつも「おじいちゃんだよ」とお電話をくださいました。

ーー大石先生に宛てた手紙にも、
「私は主義に生きるため、努めて苦難の道を選び、
死に勝る一生を送りました。
この苦しみは八十を過ぎて私の楽しみとなり、
老後のしあわせを喜んでおります」
 と書かれていたと紹介されていましたね。
何ていうか……すごい境地ですよね。

大石 出光さんは美術館を持つほどの美術愛好家で、
本社の店主室には文化勲章を
もらった方々の陶芸なども飾られていました。

そこにですよ、「私がリハビリでつくりました」と
報告のために送ったものまで
一緒に飾ってくださったりしたんです。

いつも「困ったら何でも言いなさい」と
おっしゃってくださいましたが、
ここまで愛情を注いでいただいて、
さらに何かお願いするなど、
絶対にあってはいけないと思って生きてきました。

私と出光さんの交流なんて
出光の関係者の方々しか知らないと思いますが、
出光さんに何か傷をつけるような
生き方だけはしてはいけないと。

これまで生きてきて、一番強く心に誓った方でした。
 
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「人間力.com」は月刊誌『致知』より引用しています。

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