苦難こそ成長の糧

苦難こそ成長の糧

多田野 弘(タダノ名誉顧問)

      

(『致知』2014年8月号「一刹那正念場」より)

先の戦争では整備担当の
下士官としてラバウルに赴きました。
現地では毎日爆弾の雨が降り、
仲間は次々と虫けらのように死んでいきました。
当初は、明日は自分の番かもしれないと
戦々兢々としていましたが、
次第に、どうせ生きて帰れないなら
潔く死のうという気持ちになりました。

日本の敗色は徐々に濃厚となり、
部隊はラバウルからサイパン島、
トラック島、ペリリウ島と退却を重ね、
最後に赴いたフィリピンから
特攻隊を送り出すに至り、
あぁ、日本ももう駄目だと観念しました。

ところが戦地勤務の長かった私は、
昭和二十年一月に内地へ転勤となり、
そのまま終戦を迎えたのです。
二十五歳の時でした。

もうとっくに死んでいるはずの自分が、
生きていることが不思議でなりませんでした。
かつての自分は既に死んでしまってもういない。
自分はいま、新たに命を与えられたのだ。
そう気持ちを切り替え、
私は再び前を向いて歩き始めたのでした。

戦争を通じて死と向き合い、
この命は預かり物であるということを
心の底から実感したことは、
私の人生の最も大きな転機となりました。
ゆえにこそ、人は何のために生きるのかという
人生の目的をしっかり持っていなければならない。
世のため人のためにお役に立つことを
人生の目的としなければならない、と考えるのです。

ラバウルからサイパン島へ船で退却する際、
魚雷が命中して部隊は海に投げ出されてしまいました。
たまたま浮かんでいた木の桶に掴まって泳いでいると、
二人の兵隊が互いに相手に捕まることで
浮こうとして怒鳴り合っていたので、
私は二人に桶を渡して他の浮遊物を探し、
運よく味方の駆逐艦に救われました。

生きて帰ることなど全く考えていなかった私は、
死に対する恐怖感が希薄でした。
戦後も、預かり物のこの命は
いつお返ししてもよいという思いが常にありました。
しかし、そうして自分を虚しくすることで、
逆に多くのことを得て、
私は経営の重責を全うすることができました。

こうした人生を振り返るにつけ、
苦難こそは自分を成長させてくれる
一番の先生であると確信するのです。
次代を担う若い方々には、
苦難を自分の可能性を引き出してくれるチャンスと捉え、
逃げずに立ち向かっていただくことを心から願っております。

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「人間力.com」は月刊誌『致知』より引用しています。

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