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聖火の美しさにかなう人間になりたい

橋本聖子(参議院議員)

      

(『致知』1998年3月号「視点を貫く」より)

世界の一流選手に伍して戦うには、
脚力はもちろん、
全身的な強化が必要で、
私がやらなければならないことは
山ほどありました。

しかし、その中でも
私にとっての最大のテーマは、
心肺機能の強化でした。

一般の女性にも劣る肺活量。
これを何としても
ふやさなければなりません。

そのためには、
猛練習によって肺に負担をかけ、
大きくしていくしかない。

それは私の信念でした。

サラエボ・オリンピック後、
私のハードトレーニングは、
さらに拍車がかかりました。

そんな私は、
アル中ならぬトレ中と
みんなから言われたものです。

私の場合、
コーチは練習の尻を叩くのではなく、
練習を抑えるのが重要な役目、
といった趣さえありました。

トレーニング・ルームに入るのを
禁じられたこともあります。
それでも私は、
コーチに隠れて練習をしました。

しかし、私が思い定めた生き方、
聖火の美しさに
少しでも近づける人間になりたい
という思い、
それを手に入れるには、
肺活量を増やすことが第一です。

それには猛練習しかないのです。
だから、
息も絶え絶えなハードトレーニングは、
私にとっては当然のことだったのです。

昭和63年、2度目に出場した
カルガリー・オリンピックでの
醜態のようなことがあれば、
なおさらでした。

カルガリーでの醜態。
テレビで何度も繰り返し放映されたから、
記憶している人も多いと思います、
それは5000メートルでした。

私はゴールと同時に
倒れこんでしまったのです。

結果は7分34秒43の日本新記録で、
6位入賞でした。

そのこともあって、
私の根性を示す感動のシーンと受け取られ、
テレビはあの場面を何度も流したのです。

しかし、あれは私にとっては
恥以外の何物でもありません。

きちんと鍛えた選手なら、
まして聖火の美しさに少しでも
近づこうとするなら、
あってはならないことです。

1周400メートルのリンクを
5000メートルは
12周半しなければなりません。

ですが、
私は7週目を過ぎたあたりから息が切れ、
意識が朦朧とし始めたのです。

肺活量が少ないので、
息を詰めることなどできません。
十分に空気を吸い込むことができないからです。

だから私は口を大きく開けて、
ハッハッと短く息を切りながら、
懸命に空気を吸い込んで
ピッチを上げることになります。

いかにも苦しげに顔をゆがめて滑る私を、
マスコミなどは
いかにもファイトの象徴のようにいいますが、
息苦しさと闘っているのが事実なのです。

しかし、7週目あたりから
吸い込む空気が追い付かなくなり、
呼吸が乱れてきたのでした。

酸欠に近い状態です。
ペース配分もあと何周かも
わからなくなっていきました。

ラップタイムを告げる監督の声もおぼろで、
速いのか遅いのかも判断がつきません。

その中で、一つの声だけが
はっきり聞こえました。

「聖子、我慢だ! 辛抱だ!」

応援にきてくれた父の声でした。

幼かった頃、私が滑りきると、
大喜びしてくれた父の姿が、
混濁した意識の中に浮かびました。

そうだ、お父さんに喜んでもらうんだ。

私は朦朧とする頭でそのことだけを考え、
ゴールになだれ込んだのでした。

ゴールした後、
聖火がどんな表情を
私に見せてくれるのか
確かめるはずだったのに、頭が真っ白で
私は目を開けても
何も見ることができなくなっていました。

そんな私の醜態に、
きっと聖火はそっぽを向いていたに
違いありません。

私は選手として聖火の前で競技するには、
まだまだ未熟な人間でしかない。

その思いがさらに私を駆り立て、
練習に打ち込ませることになります。

(中略)

それもこれも、
自分の名前のもとになった
聖火の美しさに値する人間になりたい
という生き方を選んだからに
ほかなりません。

ぎりぎりまで自分を追い込み、
もっともっとと追い求めて、
その結果私は、冬季のスケート、
夏季の自転車競技を含め、
合計7回のオリンピック出場を
果たすことになったのでした。

しかし、7回というオリンピック出場記録は、
さほど意味はないと思います。

重要なのは、
私が聖火のあの美しさにふさわしい
人間に成長し得たかということでしょう。

(中略)

日本語には「感」のつく言葉が
いくつもあります。

満足感、安堵感、充実感、達成感、
虚脱感、拒絶感、挫折感、敗北感
などなどです。

一つのオリンピックが終わると、
それらがすべて一緒くたになって押し寄せ、
私を押し包みます。

それはオリンピックのような
イベントに集中して、
自分のすべてを出し切ったものでなければ
味わえない感覚なのかもしれません。

その感覚を味わい尽くし、
そこから抜け出して、
次の当選にたちあがり、
自分を追い込んでいく。

私はそれを7回繰り返してきました。

その中で、
まだまだ聖火の美しさにかなうところまでは
到達できないけれども、
それでも私なりに人間的に
成長してきたと感じます。

そしてこの成長の中には、
聖火にあこがれなければ
知ることができなかった感動があり、
喜びがあり、幸せがあります。

それこそが私の努力に与えられた
何よりの勲章なのだと思います。

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「人間力.com」は月刊誌『致知』より引用しています。

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