人生生涯小僧の心 ~後篇~

人生生涯小僧の心 ~後篇~

塩沼亮潤(大阿闍梨・慈眼寺住職)

 

(『致知』2007年12月号より)

【……前篇の内容】

いまでも一番苦しかったと思うのは、
10日間高熱と下痢が止まらず、体が10キロ以上痩せた時です。
495日目、とうとう一時間ほど寝坊をしてしまいました。

高熱の中ふらふらになりながら滝に入り、
着替えをしてなりふり構わず山に向かいました。
しかしついに力尽きて、両の手に水を持ったまま、
地面に体を打ちつけました。

「ここで終わりか」

その瞬間、耳に響いた言葉がありました。

【……後篇はココから】

「どんなに苦しくても、砂を噛むような思いをして
 立派になって帰ってこい」

高校を出て仙台から出発する前、母に言われた言葉でした。

私が幼い頃から母は心臓病を患い、貧しくとも自分を育ててくれた。
私が中学校の時離婚し、女手一つで祖母と私を養ってくれた。

自分が18歳になった時、行に行くその日、
「こっちのことは心配するな」と言い、
「おまえの帰る場所はない」と私の食器をすべてゴミ箱に投げ捨て、
気丈に送り出してくれた。様々な思い出が数分の間にかけめぐります。

体はボロボロ、高熱が出る。

その時点でいつもの2時間は遅れておりました。

でもそこから死に物狂いで走り続けて、
山頂に到着したのはいつもと変わらぬ午前8時半。
体から湯気が出ておりました。

私はどんなに辛くても人の同情を買うような行者では
行者失格だと言い聞かせ、人前では毅然としていました。
山中ですれ違う人からはみな「元気そうやねぇ」と言われました。
その舞台裏は誰も知りません。

でもそれでいいのです。

誰に見られるということを意識せず、野に咲く一輪の花の如く、
御仏に対して清く正しくありたい。

苦しみの向こうには何があるのだろうと思っていましたが、
そこにあったものは、感謝の心ただ一つでした。

ついに明日で満行という日を迎えた時、9年間を振り返って、
行きたくないなと思った日は一日たりともありませんでした。
これが私が神仏に守られた一番の理由だと思います。

もしこの身体に限界がないのならば、永遠に行が続いてほしい。
紙切れ一枚で「大阿闍梨」という称号をいただくよりも、
いまの心のまま、最後の一息まで「人生生涯小僧の心」で
ありたいと思いました。

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「人間力.com」は月刊誌『致知』より引用しています。

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