人生生涯小僧の心 ~前篇~

人生生涯小僧の心 ~前篇~

塩沼亮潤(大阿闍梨・慈眼寺住職)

 

(『致知』2007年12月号より)

平成3年5月3日、目を開けた瞬間から
千日回峰行者になるための自分の定めが始まりました。

目を開けると身体の重い日もあります。

調子の「いいか悪いか」ではなく、「悪いか、最悪か」のどちらか。
そのスレスレのところを行じていくので、起きた瞬間に足が動かない日もある。

1度行に入ると医者に行くことも許されません。
ある日、突然右目が充血して腫れあがってきたことがありました。

1週間たってもどんな薬をつけても治らず、徐々に不安が募ります。
どうしてだろう、といくら原因を考えても分からない。

その時に、当時23歳という若さゆえ、
命の1つや2つ落としてもなんてことはないという気持ちでいた
自分のことが省みられました。

あんなに大きなことを言っていた人間が、
右目一つ霞んでくるだけでこんなにも不安になっている。

そう思った瞬間に、
「神仏から頂いたこの命は決して粗末にしてはいけない」という
戒めだったのだと気づいたのです。

それから数時間後には目の腫れが引き、
次の日には元どおりになっておりました。

私が修行させていただいた吉野の金峯山寺は特に山道が険しく、
真夏の暑さは大変厳しいものです。

ある時、目の前に1匹のミミズが半分以上
干からびて苦しそうにもがいておりました。

10メートルほど行った時、このまま自分が見殺しにすれば
息絶えてしまうだろうと思いました。

水筒にはわずかな水しか残っておらず、
炎天下でどこにも水はございません。

しかし、いくら苦しいからといって、
自分のことだけを考えるようでは行者失格。

誰が見ていなくても、すべて困っているものに
手を差し延ベてやるのが行者としての役目ではなかろうか。

そう思い直し、そのミミズの所まで戻って杖で穴を掘り、
自分の水筒の水を口に含み、体にかけて土に戻してやりました。
そのようなミミズが数百匹はいるでしょう。

いまでも一番苦しかったと思うのは、
10日間高熱と下痢が止まらず、体が10キロ以上痩せた時です。
495日目、とうとう一時間ほど寝坊をしてしまいました。

高熱の中ふらふらになりながら滝に入り、
着替えをしてなりふり構わず山に向かいました。
しかしついに力尽きて、両の手に水を持ったまま、
地面に体を打ちつけました。

「ここで終わりか」

その瞬間、耳に響いた言葉がありました。

(……後篇へ続く)

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「人間力.com」は月刊誌『致知』より引用しています。

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