震災の日の教え子たち

震災の日の教え子たち

大友研也
(福島県立長沼高等学校硬式野球部監督)

 

(『致知』2012月8月号 より)

 
 その日、福島県立四倉高校の職員室では、
入試結果を判定するための会議が行われていた。
私が監督を務める野球部は昨年三月十一日が
練習試合の解禁日で、
そのための準備をちょうど終えた時だった。

 異常なほどの激しい揺れを感じた瞬間、
グラウンドの地面が真ん中から裂け、
これは只事ではないと直感した。
直ちに大津波警報が発令され、
指定避難所である当校へ近隣の住民が
駆け込んできたものの、実際に
どんな津波が来るかは見当もつかない。

 野球部員たちは泣きじゃくる子供たちを抱え上げ、
懸命に宥めていたが、
気がつくと津波は目の前まで迫ってきていた。
まるで映画の一コマのように、
路上のマンホールの蓋が開き、
向こう側からスポーンッ! スポーンッ! 
と順に飛び上がっていく。

幸いにも学校の入り口付近が坂になっていたため、
校内まで浸水してくることはなかったが、
私は交通整理や避難所の手伝いに追われ、
選手たちのほうにまったく目を向けている余裕がなかった。
 彼らと離れる際、
「落ち着いて動かずにじっとしているように。
家族の方と連絡がつき次第、家に帰ってもよい」と伝えたが、
気がつくと部員たちが自主的に
「こっちに逃げてください」とお年寄りや子供たちに声を掛け、
三か所ある避難所へとそれぞれ誘導してくれていた。

途中で保護者の方数名が迎えに来られたが、
「皆がまだ頑張っているから」と誰一人帰ろうともせず、
午後十一時頃になって一段落するまで
ずっと物資やストーブの運搬などに当たっていた。

 私はこの日の体験を通じて、
人間は我が身が危険に晒されると、
本性が出てしまうものだと痛感した。
自分のことしか考えられず、
立ち入り禁止区域へ強引に踏み入ったり、
高台の道路へ飛び出して危うく
轢かれそうになっている人たち。

 一方、部員の中には自宅を流されてしまった子もいたが、
誰一人家族の元に戻りたいとは口にしない。
私のいない所でも、
服の濡れたお年寄りに自分のジャージを
脱いで着せてあげるなどして喜ばれた、
といった話を後になってから聞いた。
あの大変な状況の中で、よくぞ周りの人のことを思い、
一所懸命働いてくれたという気持ちで胸が一杯になった。

 思い起こせば、私が四倉高校に赴任したのは
六年前の三十歳のこと。
最初は野球部とも呼べないような
初心者ばかりの集まりだったが、
なんとか彼らをその気にさせてやりたい
という思いで一杯だった。

 赴任二年目の年、日本高野連が主催する
第一回甲子園塾という
若手指導者育成のプロジェクトがあり、
福島県代表として私が選出されることになった。
そこでお会いした星稜高校の山下智茂さんや
箕島高校の尾藤公さんなど名将と呼ばれる方々から、
「よい選手を集めてただ勝てばいいという、
いまのような高校野球のあり方ではファンの
方からも愛されなくなり、そのうちダメになってしまう。
若い指導者の皆さんに、
この状況をなんとかしてもらいたい」
という話を聴かせていただいた。

 それを受けて私の頭に浮かんだのが、
「野球は下手でも、周りの方々から
応援されるようなチームをつくろう。
その上で甲子園を目指そう」ということだった。
 そうやって私自身の心境が変化し、
新しい目標に向けて部内の思いが一致した頃を境に
チームの雰囲気も変わり始めた。

私自身、それまでは結果ばかりを求め、
勝たなければいけないという気持ちばかりが先行していたが、
この子たちを一人の人間として育てていかないといけないのだ
という気持ちになった時、
本当に大切にすべきことは何かが明確になった。

 具体的に行ったのは、
チームで決めた約束事をどんな場面でも
守るよう徹底させることである。
自分自身の弱さに負けてしまっては、
相手との勝負に勝つことなどできないからだ。

 一年生では礼儀を、二年生では努力の大切さを、
三年生は周りの方々に対する感謝の気持ちを学ばせるという
方針を根幹に据えた。
そして野球をさせていただいていることへの恩返しを、
一つひとつのプレーや日常生活を
通じて行っていかなくてはならないと言い聞かせてきた。

それらの取り組みが翌年夏の県予選で
二十数年ぶりとなるベスト16という結果となり、
震災時に取った行動にも表れたのではないかと考えている。

 特に震災以降、選手たちは
何気なく過ごしていた普段の時間がいかにかけがえのないものか、
当たり前に思っていたことが実は当たり前でなかったことに気がつき、
時間というものを非常に大切に使うようになった。

 昨夏の甲子園大会福島県予選では、
二回戦で部員六十人を擁する福島東高校と対戦。
当方は十四人で、八対九と惜しくも敗れはしたものの、
全員がすべてを出し切って戦ってくれた。

 私はその試合を最後に須賀川市内の長沼高校へ転任となった。
昨年より一からチームづくりを始めることになったが、
基本的な指導方針に変わりはない。
選手たちの人間的成長を図るとともに、
周りの方々から応援されるようなチームづくりを
目指していきたいと考えている。

◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫

「人間力.com」は月刊誌『致知』より引用しています。

『致知』には毎号、心の琴線に触れる記事が満載です。
まだお読みでない方は、こちらからごお申し込みください。

「致知」購読の申し込みはこちら

毎月858円で、人間力が高まります。
 ※お気軽に 1年購読
 10,300円 (1冊あたり858円/税・送料込み)
※おトクな 3年購読 
 27,800円 (1冊あたり772円/税・送料込み)
◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫◫

毎日 配信中!「人間力メルマガ」

人間学を学ぶ「致知」のエッセンスをギュッと凝縮 読者数47,000人!!

特典1仕事や人生に役立つ記事が無料で読める!

特典2メルマガ会員限定のプレゼント企画もあり

特典3朝礼でのスピーチネタとして使える!

メルマガ配信の登録はこちら

携帯電話やスマートフォンのメールアドレスで登録をされる方は、「@chichi.co.jp」からのメールの受信ができるよう設定してください。 >設定方法はこちら

※ご登録前にお読みください。 読者登録規約 個人情報保護ポリシー ※解除はこちら

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする