一歩を踏み出して

一歩を踏み出して

有賀明美
(テイクアンドギヴ・ニーズ ウェディングプランナー)

 

(『致知』2012年7月号 より)

 
「一か月後に結婚式を挙げたいんです」
 そんなお電話をいただいたのはいまから十年前、私がウェディングプランナーになってまだ二年目のことでした。
 新婦のお父様は末期がんで余命一か月。お母様がおられず、ご自分を男手一つで育ててくれたお父様にどうしても花嫁姿を見せてあげたいとのことでした。
 結婚式は通常半年から一年かけて準備をするのですが、私は事情を伺い、絶対に花嫁姿を見ていただきましょう、とお約束してすぐ準備にかかりました。
 ところが翌日、新婦はその予約をキャンセルされたのです。お医者様から改めてお話があり、お父様はもうあと二週間くらいしかもたないと言われたそうなのです。
「一か月後では間に合わないので諦めようと思います……」
 受話器を置いた後、釈然としない思いが胸を覆いました。本当にこれでいいのだろうか。
 私はもともと情に薄いタイプの人間でした。それまで人と深く関わり、心の底から感動したり、嬉し涙を流したりした経験は皆無でした。当時社会的にほとんど認知されていなかったウェディングプランナーという仕事を選んだのは、この仕事を通じて「有賀さん、ありがとう」と名前を呼ばれて感謝されるような働き方をしたいという思いがあったからです。
 考えた末、私はその新婦に病室での式を提案させていただきました。人の命が関わっており、駆け出しの私にはとても荷の重い仕事でした。けれども人としてぜひこのお仕事をお受けしたい。ここで何かをすれば、何かが変わるかもしれない。そう考えて社長に直訴し、新婦もその提案を大変喜んでくださったのです。
 ところが非情にも、お父様は挙式を翌日に控えて天に召されました。どうして神様はあと一日待ってくれなかったのだろう。悔しい思いとともに、後悔の念が胸を突き上げてきました。余計なことをしてかえって皆様を傷つけてしまった。なんとお詫び申し上げるべきだろう……。
 ご連絡をためらっているところへ、新婦から思いのほか明るい声でお電話がかかってきました。葬儀は無事終わり、入籍も済ませたので真っ先に私に報告したかったとおっしゃるのです。
「父親に花嫁姿は見せられませんでしたが、おかげで式のために集まった皆さんに見守られて父は逝くことができました。きっかけをいただいた有賀さんは、私たちの恩人です」
 初めて自分の意思で一歩踏み出した結果、思いがけずいただいた感謝の言葉。私は頬を濡らして受話器を握りしめました。
 就職した十二年前は、結婚式とはこういうものという固定観念がまだ根強く残っていました。型どおりに進行されるプログラムの中で、普段は個性的な新郎新婦も借りてきた猫のようにおとなしくなり、式場で流される涙も想定内のものでしかありませんでした。
 せっかく高いお金を払っていただくのだから、もっと楽しく盛り上がるものにしたい。素人の強みから、ケーキカットの場所や順番などそれまでの決まり事を次々と変え、時に事前の打ち合わせにないサプライズの要素も取り入れ、お客様から大きな反響をいただきました。
 もちろん、ただ奇をてらえばよいというものではありません。新郎新婦にとって意味があり、喜んでいただけるものでなければ逆にクレームとなります。そのヒントを探るため、打ち合わせの段階から新郎新婦のちょっとした言葉や表情の動きにも神経を張り巡らせるのです。
 気がつけば、これまでに関わらせていただいた式は千組以上にもなり、印象的なエピソードをこのほど自著『大切な人に会いたくなる結婚式の物語』に綴りました。けれどもこのウェディングプランナーという仕事は、いくら経験を積んでもベテランになれない仕事だと実感しています。お二人の歩みやご家族との関わり方など、どの組をとっても同じケースはないからです。
 よいアイデアが浮かばず逃げ出したくなることもしばしばです。それでもこの仕事を続けているのは、人見知りで深い人間関係の築けなかった私が、この仕事を通して人様の人生に親身に関われるまでに成長できたこと。そして式が終わる度に「ありがとう」の言葉をいただけるからです。
 冒頭にご紹介した新婦については、喪が明けた後に改めて式のお手伝いをさせていただくことになりました。式は天国のお父様にも見ていただけるようガーデンで行うことになりましたが、当日はあいにくの雨。浮かない表情の新郎新婦の傍らで、私たちスタッフは準備を進めつつ、どうか晴れますようにと心の中で懸命に祈りました。
 するとどうでしょう、予定の十五分前に雨はピタリと止み、式は無事執り行われたのです。
「奇跡が起きましたね」
 新郎新婦にそうお声がけした時、お二人からいただいたお言葉に思わず涙が溢れました。
「いえ、私たちにとっての奇跡は有賀さんに出会えたことです」
 仕事で悩む時、迷う時、あの感動がいまも私を支え、後押ししてくれます。これから手を携えて人生を歩んでいかれる新郎新婦のために、「ありがとう」と喜んでいただける思い出に残るひとときを創ってまいりたいと思います。

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「人間力.com」は月刊誌『致知』より引用しています。

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