映画『おくりびと』の原点

映画『おくりびと』の原点

青木新門(作家)

      

(『致知』1997年3月号 特集「天知る、地知る、我知る」より)

私は飲食店をやって倒産させておりますので、
金を借りようと思ってもいないのに、
友達というのは蜘蛛の子を散らすように遠ざかるんです。

そのうち、「あいつは死体を触っているそうだ」という
噂が広がって、ますます寄り付かなくなる。
私も自分を卑下して、俯(うつむ)きながら
歩くというようなことでした。

そういう最中に、運悪く昔の恋人の家の葬儀に
行かなくてはならなくなった。

彼女はもう結婚していましたが、
僕が一番好きだった人です。
自分の姿を、一番見られたくない人に見せなければ
ならないわけでしょう。
嫌で嫌でしょうがなかった。

相当手際よくなっていたころですが、
作業を始めた途端に汗が出てくるのは最初と同じです。

額の汗が滴(したた)り落ちそうになったので、
服の袖で拭こうとしたら、いつの間にか僕の横に
座っていた女性が拭いてくれた。

見ると、彼女なんです。

目に涙をいっぱい溜めて、終わるまでずっと横にいて、
僕の汗を拭いてくれた。

もちろん、彼女の夫も身内の人たちもそばにいて、
じっと見ているわけです。

そんなことには一切構わず、一所懸命に
僕の顔の汗を拭いてくれる。

仕事が終わったとき、彼女の弟さんが喪主でしたから、
両手をついて挨拶してくれたんですが、
その後ろで彼女はまだ涙を溜めた目で
じっと僕を見ているんです。

もちろん言葉など交わしません。

けれども、そこには僕のやっていることに対して、
軽蔑も同情もない。
男と女という関係もない。

僕の全存在を、ありのまま認めてくれたんだな。
そう思いました。

そう思うとうれしくなって、
もうちょっとやっていけそうだ、
嫌々やっていたのを改めなくてはいかんと
思うようになったわけです。

それまでは、葬儀社の人間ですから、
黒いネクタイだけは着けていましたが、
服装はいわゆる茶っ葉服です。

「これじゃあいけない」と思って、外科医が
手術のときに着る白衣とマスクと帽子を
買ってきたんですが、白衣を着ようと考えたのは、
仮に医者が茶っ葉服を着て手術をしていたら、
家族は安心できないだろうと思ったからです。

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「人間力.com」は月刊誌『致知』より引用しています。

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