心眼で聴く

心眼で聴く

萬木甚一良(近江聖人中江藤樹記念元館長)

  

(『致知』2005年3月号「致知随想」)

 

 私は、平成二年、小学校校長を定年退職してから四年間、
 郷土の先哲・中江藤樹の徳を顕彰して建てられた
 「安曇川町立近江聖人中江藤樹記念館」を
 お預かりしておりました。

 毎日訪れてこられる入館者の団体に対して、
 その求めに応じて講話の時間を設定して
 「中江藤樹の教えに学ぶ」と題して
 話をさせていただいておりました。

 この間、人に話をすること、聴いていただくことの難しさを
 いやというほど体験させていただいた次第であります。

 ところで、このように話をさせていただいておりますと、
 次第に聴き手の座られる位置によって、
 聴き手の話を聞く態度を把握できるようになりました。
 
 本当に話を熱心に聴きたいと思っておられる方は、
 決まって話者の近くの正面に座って聴かれる。
 ところが、話にあまり興味のない方は、
 出口の近くに座って、話が終わったら
 すぐに退出できるような位置に座られるということであります。

 そこで私は、話を始める時は、
 必ず全体の聴衆の方のお顔を一巡回り眺めて、
 前にはどんな方が、後方の出口には
 どんな方がおられるかを見渡してから話をするようにしました。

 つまらない話を聞くよりも早く退出したいと
 思っておられる方が、次第に私の話に引き入れられて
 「うん、うん」と相槌を送ってくださるようになれば、
 その日の私の話の評価は上。
 
 いつまでも後に座っておられる方が、
 そわそわ、きょろきょろして落ち着かない姿をされる時は、
 評価は下と考えておりました。

 ところである日のことでした。
 
 白髪の上品な老婦人が私の目の前につつましく座られたので、
 私は「きょうの講話はきばってしよう」と
 勢い込んで話を始めました。
 
 ところがどうでしょうか。
 
 話を始めた途端、老婦人はいきなりこっくりこっくりと
 居眠りを始められたのです。

 私はきょうまでの自分の経験が間違っていたのかと
 一瞬思いましたが、気にかけまいと
 淡々と話を進めてまいりました。
 
 しかし、どうしてもその老婦人のことが気にかかるので、
 自然とその老婦人のほうに視線が行くのです。
 
 老婦人は、私の思いも知らずに、
 いかにも気持ちよさそうに居眠りを続けておられます。
 講師の目の前で、このような態度をとられると、
 「お前の話は少しもおもしろくない。だめですよ」
 と評価されているように思えて、気勢がそがれ、
 話しづらくなるものです。
 
 できるだけ無視して話を進めようとするのですが、
 また、自然と老婦人のほうに目が行ってしまうのです。

 私は、この方は表面は端正な容姿をしておられるが、
 講師の目の前で居眠りをするなんて
 常識外れで不作法な方ではなかろうかと思いました。

 やがて話が終わりかけの部分になりました。
 老婦人がどうされているかチラッと見ますと、
 どうでしょうか。
 
 目をパチッと開けられたではありませんか。
 しかも、私の顔を見てニッコリうなずいてくださっているのです。
 
 何という現金なおばあさんだ。
 私が話を始めた途端に居眠りを始め、
 話が終わった途端に目を開けるとはとんでもない、
 と不愉快な思いがしたのですが、その時突然、
 常日頃から心の師としてお慕いしている
 故東井義雄先生の
 「おばあちゃん ありがとう」の詩を思い出したのです。

   こっくり
   こっくり
   いねむりしていらっしゃる
   おばあちゃん

   わたしの話でも
   聞いてやろうと思ってここまで来てくださったのに
   おばあちゃんのほしいものを
   わたしがようさしあげられないものだから
   こっくり
   こっくり
   いねむりをしていらっしゃる

   すみません
   それだのに おばあちゃん
   わたしは さっきまで
   聞いてくれたらいいのにと
   おばあちゃんをうらみました

   すみません
   気がついてみたら おばあちゃん
   私も せっかく この世に出していただきながら
   聞くために
   耳をいただきながら
   聞こうともせずに
   求めようともせずに
   目をあけたまま
   いねむりをしてきたのです

   おばあちゃんのいねむりは
   さっきからですが
   わたしは
   六十年も
   目をあけたまま
   いねむりを続けてきたのです
   そのことを おばあちゃん
   あなたは私に
   気づかせてくださいました

   おばあちゃん
   ありがとう
   如来さま
   すみません。

 東井先生と同じような経験を
 させていただいた嬉しさとともに、
 私は、きっとこの老婦人は
 居眠りをされてはいたけれども、
 心の眼で私のつたない話を聴いてくださって
 いたのではなかろうか――とふと思ったのであります。

 私の話が始まった時から目をつむり、
 こっくりこっくりしながらも、私の話を心の眼でとらえ、
 心に刻み込みながら聴き取ってくださっていたのではなかろうか。
 
 その証拠に話が終わった途端に目を開けて、
 私によく分かったよ、とうなずき、
 エールを送ってくださったのではあるまいかと。
 
 本当の話の聴き方とは、何ごとにもとらわれずに、
 話者の話を心の眼でとらえ、
 心に刻み込むようにして聴くことが大切であるとのことを
 この老婦人のお姿から教えられた幸せな一日でありました。

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「人間力.com」は月刊誌『致知』より引用しています。

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