時間のものさし

時間のものさし

林雄二郎(日本フィランソロピー協会顧問・トヨタ財団元専務理事)

  

(『致知』2008年11月号「致知随想」より)

 

 時間を測るものさしは無数にある。
 そのものさしを使って物事を考えることが大切だ――。
 そのことを教えてくれたのは、
 文化人類学者の梅棹忠夫君だった。
 
 彼と初めて出会ったのは、大阪万博の頃だったろうか。

 昭和十七年、総理府の技官になった私は、
 戦後、経済安定本部や経済企画庁で
 日本経済の復興のため力を尽くしていた。
 
 終戦直後、片山内閣から経済復興計画の策定
 という第一課題を与えられた我々は、
 三か年計画や五か年計画を立て、実行に当たっていたのである。

 昭和四十年、経済企画庁経済研究所の所長時代に、
 二十年後の社会を予見して書いた私の文章は、
 「林リポート」と呼ばれ、
 日本社会を発展させるためのガイドラインとして
 扱っていただいた。
 
 同庁では、二か年計画を中期計画、
 五か年計画を長期計画と呼んだが、
 私のリポートは「超長期計画」といわれるものだった。

 その後、長年にわたる役所勤めに終止符を打った私は、
 五十一歳で東京工業大学の教授となった。
 
 その頃梅棹君との出会いの機会があり、
 私は目を開かされるような思いをしたのである。

 ある時のことだった。
 梅棹君と議論をしていると、彼が
 
 
 「こういうことをいまのうちにちゃんと考えておかないと、
  人類はまもなく滅びるな」
 
 
 と深刻そうな顔で言う。
 
 これは大変なことだと思い、
 
 
 「それは何年後のことだ?」
 
 
 と尋ねると、梅棹君は
 
 
 「そうだなぁ、五千万年ももてばいいほうだ」
 
 
 と言うのである。
 それまで経済企画庁にいて、三年先や五年先を見越した
 計画を策定してきた私には、気が遠くなるような話だった。
 
 ところが当の本人は、冗談で言っているのでも何でもなく、
 それが本当に心配でならないといった表情をしているのである。

 その時に私は、あぁ、この人の持っている時間のものさしは、
 我々とは違うのだ。時間のものさしは一つではなく、
 無数にあるのだと感じたのである。

 そうやって長い時間のものさしで
 物事を考えるように仕付けている人には、
 千年、二千年というものさしで世の中の変化を
 見ていくことができるのだろう。

 梅棹君にとっては、五千万年後が「まもなく」なのだ。
 我々には雲をつかむような話でも、
 彼の目には人類が滅んでいく姿がイメージとして
 はっきり描けているのではないかと感じた。

 こちらも同じ時間のものさしで
 一緒に考えなければ話ができなくなると考えた私は、
 一所懸命心の訓練をした。
 
 すると彼の言葉が決して世迷言などではなく、
 だんだんと真実味をもって迫ってくるようになったのである。
 五千万年後の世界は私にとって、空想上のものではなくなった。

 その考え方は昭和四十六年、私が未来学を主唱し、
 日本未来学会を旗揚げする際にも大いに役立った。

 「未来学」といえば「○年後の△△」や
 「二十一世紀の××」はどうなるかといった類のことを
 考えがちだが、私の考え方はそうではなかった。

 未来を考えることは現在を考えること。
 未来学とは現在学である――。
 
 つまり、身の回りにある変化の兆しを
 いかに現在の中に見つけるか。
 その変化の兆候のことを私は「未来からの呼びかけ」と名づけ、
 その声に応えていくことが未来研究であるとした。

 学会の設立からまもなく、豊田英二氏がトヨタ財団を設立し、
 私はその専務理事を任された。
 財団の仕事は様々な団体に資金の援助や助成を
 行ったりするものだが、いずれも皆、
 将来のために行う事業である。
 
 その将来とは、十年先や百年先のことであるのだが、
 私は時間のものさしを数多く持っていたおかげで、
 伸縮自在に物事を考えることができた。
 すべて梅棹君のおかげである。
 
 梅棹君は何十年も前から、
 南極大陸の氷が溶けて地球の温暖化が進むことを予見し、
 仲間たちと盛んに議論をしていた。
 
 当時の私にはあまりピンとこなかったが、
 現にいま世界ではそうした現象が起こっている。
 そんな話は自分たちには関係ない、
 まだまだ先のことだろうと我々が見過ごしてきたことの
 ツケが回ってきたとも言えるだろう。

 このままの状態が続けば、梅棹君の言うとおり、
 人類の滅亡は避けられないだろう。
 何億年か後、まったく別の生物が地球上に現れるとすれば、
 彼らは人類の化石を発掘していろいろな調査をするかもしれない。

 この人類という生物は、
 未曾有の「文明」というものをつくり上げ、
 驚くべき発達をさせた。
 
 けれどもその文明を発達させすぎた結果、
 その文明によって自分たちを滅ぼしてしまったのだ。

 他の生物に比べて抜きん出て利口だと感じる部分があるかと思えば、
 他の生物より抜きん出てバカだったとも言える。

 利口なのかバカなのかまったくもって分からない、
 しかもそれを少しも自覚できなかったという、
 いよいよもって不思議な生物、それが人類、
 とでも説明がなされるだろうか。

 人間は過ちばかりを繰り返す存在だが、
 物事を一所懸命に考えることができる。
 だからできるだけ長い時間のものさしを使って、
 未来からの呼びかけに耳を澄ませてほしい。
 それが今年九十二歳を迎えた私からの切なる願いである。

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「人間力.com」は月刊誌『致知』より引用しています。

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