ディレクターズチェア

ディレクターズチェア

岡本喜八(映画監督)

  

(『致知』1994年7月号「致知随想」より)

 

「十五年以上助監督をやる奴は見込みがない」

私が東宝で助監督として働いていた、
いまから四十~五十年前の映画界の定説である。

現在の映画監督はそのほとんどがフリーだが、
当時は皆映画会社の社員からスタートした。

監督を志すいわゆる「新入社員」は、
まず助監督として現場に就く。
その下積み経験を経て監督になる。

冒頭の定説は、下積みを十五年以上やるようでは、
映画をつくるセンスがないという一つの目安だった。

そして私の場合、かろうじてその十五年目に
監督に昇進することができた。

若かった助監督時代、私は現場で
実に多くのことを学んだが、なかでも特別に強く実感し、
いまも撮影をするたびに身にしみていることがある。

それは、映画監督の仕事のうち、
感性や技術が必要とされるのは一割ほどということ。

残りの九割を占めるのが、人間関係の充実である。

一つの作品をつくる場合、特別な大戦闘シーンでもない限り、
撮影現場に携わる人数は、スタッフとキャストで四十~五十人。

小さな作品なら十五~二十人であろうか。
このチームが、いい意味で楽しく仕事をしないことには、
結果としていい作品はつくれない。

例えば、チームのなかに一人の
新人の俳優がいるとしよう。

監督は彼に演技指導を施す。
何回かのテストをくり返すうちに、
彼は徐々に上手になっていく。

しかし、その上手な演技よりも、より尊いのは、
新人だからこそのイキのいい姿である。

うまさより新鮮さが、作品の質を
高めてくれることは少なくない。

そして、そういったイキのよさというものは、
多くの場合、撮影現場のエネルギッシュな環境、
明るく楽しい雰囲気から生まれる。

仕事というものは、楽しく行ってこそ
よい成果をあげられるのではないだろうか。

こと映画に関していえば、つくり手が楽しくやらないと、
受け手である観客は楽しんでくれない。

そのために、私は二つのことを心掛けている。

まず一つ目は、準備を徹底的に厳しく、
辛くやっておくということだ。

映画づくりというものは「個」から始まり
「集団」の作業をし、また「個」に戻る。
私は、そう考えている。

最初の「個」は、脚本やコンテをつくる作業。
「集団」は、いうまでもなく撮影現場。
そして、最後の「個」は完成された一つの作品である。

その最初の「個」を徹底的に行うことが、
次の集団作業を円滑に、かつ楽しくさせる。

脚本の行間を埋めるのがコンテであり、
コンテとコンテの間を埋めるのが撮影である。

だから、脚本やコンテには推敲に推敲を重ねる。
いく晩も徹夜を重ねる。それが現場を楽しく、
充実させてくれるのだ。

もう一つ、現場を楽しくさせるために心掛けているのは、
監督である私が常に他のスタッフと
同じ状況のなかで仕事をすることである。

みんなが雨に濡れたら自分も濡れる、
泥んこのシーンでは監督も泥んこになる。

『沖縄決戦』という映画で、司令官と参謀長、
高級参謀が戦場で作戦会議をするシーンを撮った。

すぐ横で爆撃が行われている。

そのシーンを撮る直前、参謀長役の丹波哲郎さんが
不安そうに打ち明けてきた。

「監督、オレ、爆発に弱いから、
 台詞を忘れちゃうかもしれないよ」

こんなとき、現場の責任者は自分が
まずやって見せなくてはいけない。

自分がしっかり前準備した通り爆発を起こし、
丹波さんより前に立ち、安全を証明して見せることで、
安心して演技していただくことができた。

映画撮影チームくらいの人数では、
責任者が常に危険に対して
矢面に立つことは大切ではないだろうか。

四十人や五十人くらいのチームでは、
リーダーが楽をすると、たちまち全体の雰囲気に影響する。
人間関係が悪くなる。

私は、その一つの目安として、
ディレクターズチェアに座らないことを心掛けている。
ディレクターズチェアというのは、
カメラの近くに置かれている監督用の折りたたみイス。

監督はこれに腰かけ、撮影の指揮をとる。

しかし、私は座らない。

まる一日続くハードな撮影で
みんなが腰をおろしたいと思ったとき、
監督だけが偉そうに座って、
指示をしていたら、どうだろう。

少なくとも私は、そういう状態でもチームワークを維持し、
いい作品を撮る自信はない。
ずっと立ち続けることも監督の仕事。

それを座らなくては撮影できなくなるようでは、
体力だけでなく、おそらく感覚的にも
古くなっているのではないか。

私のやり方、心掛けが必ずしも
すべての人にあてはまるものとは思えない。

しかし、私に関していえば、
こうした心掛けがあったからこそ、
七十歳を迎えたいまでも、
映画をつくり続ける体力と感覚、
そして人間関係を維持できているのではないかと思う。

映画監督の仕事の九割は人間関係を
大切にすることなのである。

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「人間力.com」は月刊誌『致知』より引用しています。

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