「顔はすべてを語る」

「顔はすべてを語る」

豊田泰光(野球評論家)

 

(『致知』2004年6月号「致知随想」)

 いまでも忘れられない試合がある。

 昭和二十八年、私は西鉄ライオンズに入団。
 すぐにショートのポジションを獲得して
 公式戦に出場することになった。
 
 四月十二日、私にとってはちょうど十八歳と二か月の
 節目の日に行われたのが、
 佐賀県の旧杵島炭坑野球場での東急フライヤーズとの試合だった。

 両エースの好投で一対一の同点のまま迎えた九回表、
 東急の攻撃の時に悪夢は起こった。

 ツーアウトでランナーは二、三塁。
 打者の打った球は私の守るショートに転がってきた。
 なんでもないゴロである。
 
 ところが捕球の瞬間、ホームに向かって走るランナーの姿が
 チラッと目に入り、途端に体が硬くなった。
 
 気がつくと、ボールは転々と私の後ろを転がっている。
 大事な場面で私はトンネルをやらかし、
 相手の勝ち越しを許してしまったのである。

 その日は打撃でもまったくいいところがなく、
 その裏に回ってきた打順で三振。
 最後のバッターになってしまった。

「バカヤローッ!」
「帰れっ!」

 西鉄ファンで埋め尽くされたグラウンドは、
 怒号の渦となり、私はやりきれない思いで球場を後にした。
 
 宿舎に向かうバスに乗る時、チームリーダーの先輩に謝ると、
 「謝って済むならお巡りは要らん!」と
 思いっきり蹴飛ばされ、私はバスの外へ転がり落ちた。
 死にたい気分だった。
 
 バスの座席に戻っても、出てくるのはため息ばかり。
 あぁ俺は最低だ。もう野球なんかやめて国へ帰り、
 土建屋の親父の手伝いでもしようか。
 外は暗く、車窓に映る自分は何とも情けない顔をしていた。

 しかし、このまま終わりたくはなかった。
 なんとかこの借りを返したい。
 
 自分を使ってくれた三原監督、好投を続けていた
 エースの川崎さんに恩返しをするためにも。
 
 なぜあんなエラーが起きたのか。
 大事な場面で動きが止まらない方法はないか。
 一年間、心に残ったトラウマと闘いながら私は考え続けた。
 
 そしてついに、「動いて捕って、動いて投げる」
 独自のスタイルをあみ出したのである。
 守備に自信を得た私は、打撃の勝負強さにも磨きがかかり、
 攻守にわたる活躍で西鉄の黄金時代を支えた。

 この体験から得たことは、単に野球の技術に
 関することばかりではなかった。

 私を蹴飛ばした時の先輩の顔。
 極悪人のように醜くゆがんだその顔は、
 いまだに忘れることができない。
 
 また、バスの車窓に映った自分の顔は、
 何とも言えず情けなかった。
 顔は、その人の心をつぶさに表していることに
 私は気づいたのである。

 バッターボックスに立って相手ピッチャーの顔を見る。
 緊張してこわばっていれば必ず甘い球が来るから、
 私は逃さずはじき返した。
 
 逆に、キャッチャーのサインを落ち着いて
 のぞき込んでいる時には、結構いい球が来る。
 
 そういう球は簡単には打てないから、
 ファールで粘ってチャンスを待った。
 意識して見れば、何気ない相手の表情から
 いろんなことが分かってくる。
 
 チャンスに強いと言われた私のバッティングも、
 そのことに気づいていたことが大きい。
 顔というのはバカにならないのである。

 しかし、多くの人は自分の顔について
 あまりにも無知である。
 髭剃りで毎日鏡をのぞき込んでいても、
 肝心の自分の顔をちゃんと見ていない。
 
 特に責任ある立場に立つ人には、
 もっと自分の顔に注意を払っていただきたいものだ。

 先日、テレビで某有名企業のトップが
 しゃべっているのを見たが、実に冷たい目をしていた。
 あんな目をして心優しい人に、
 私はこれまでお目にかかったことがない。
 
 あるいは国会中継で放映される野党の面々。
 与党に対してあれだけ鋭い質問を突きつけられるのだから、
 きっと頭はいいのだろう。
 
 ところがいかんせん顔がよくない。
 何が何でも自説を押し通そうと、
 殴らんばかりの険悪な顔をしている。
 
 あれでは、いくら立派なことを言っても
 国民の支持は得られない。
 
 顔で勝負できる人物が出てくるまで、
 当分の間政権交代は難しいだろう、などと思ってしまう。

 私は、若い頃からトップクラスの財界人や文化人と
 交流する機会に恵まれてきたが、
 そういう社会的地位の高い人に怖い顔で見つめられると、
 ビビッて目のやり場に困ったものだ。

 やはり人間、一番いいのは笑顔である。

 自分の生き方を貫いてきた人は、
 ニコッと笑っただけで相手の心をつかむことができる。
 
 人生の辛酸を嘗め尽くしてきたお年寄りが、
 時に見せる少年のような笑顔は、
 接する者を何ともいえない嬉しい気持ちにさせる。
 
 どんな組織でも、上の人間から笑顔で明るく
 「おはよう」と声を掛けている所は
 うまくいっているはずである。

 顔というのは、年とともに変わっていく。
 若い頃の私は、いま考えると恥ずかしくなるくらい
 生意気な顔をしていた。
 
 野球選手として脂の乗っていた頃は、
 目つきが鋭いといって怖がられた。
 
 現役を退いてからは人間的な幅も広がり、
 それが多少なりとも表情に反映されてきているように思っている。

 顔にはその人の生きざまが刻み込まれ、
 年とともに独自の味わいを醸し出してくるものだ。
 顔はその人の人生をすべて表していると言っても
 過言ではないだろう。
 
 いい笑顔が滲み出るような
 素晴らしい人生を歩んでいきたいものである。

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「人間力.com」は月刊誌『致知』より引用しています。

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