「自分の仕事に命を懸けなさい」

「自分の仕事に命を懸けなさい」

加藤彰彦(沖縄大学人文学部福祉文化学科教授)

 

(『致知』2005年6月号「致知随想」)

二十代最後の年、放浪の旅から戻ると
一枚のハガキが届いていました。

「万難を排し、ただちに来られよ」

差出人の名前は「森信三」とありました。

大学卒業後、小学校の教師になった私は
子どもたちと過ごす時間が何よりも幸せでした。
教師はまさに天職でしたが、
唯一私を苦しめたのは通信簿でした。

クラスには跳び箱を跳べる子もいれば
跳べない子もいます。

跳べない子たちは、自発的にお昼休みも返上して
一所懸命練習します。
すると、一週間もすれば跳べるようになる。
それは音楽でも鉄棒でも掛け算でも同じです。

しかし成績表をつける時はすんなりできた子が5、
一所懸命努力して、やっとできるようになった子が1か2……。

「どうしても納得できません。
少なくともうちのクラスに1や2の子はいません」

私は校長へ申し出ましたが、
「それが決まりですから」の一言でした。

結局、正規の通信簿と別に、
一切評価を書かない私からの手作り通信簿を渡し、
良心のバランスを保っていました。

        * *

そうして五年目、ハッと気づいたことがありました。

私は子どもたちに
「北海道は寒いんだよ」「沖縄は暖かいんだよ」と、
さも知っているかのように教えていましたが、
本当はその寒さも暖かさも経験したことがないのです。

自分はもっと社会を知らなければならない。
そして、「これからどう生きていったらよいか」を
探さなければならない。
その思いを抑えきれず、私は教壇を去り、
放浪の旅へと出たのでした。

北は北海道から南は沖縄まで、
八百屋、土木作業員、サンドイッチマンなど、
ありとあらゆる仕事をしながら、
気の向くままに転々としました。

旅も終盤に差し掛かり、長崎まで流れ着いた時、
お世話になった方から、

「それで、君はこれからどうするの」

と聞かれました。

「もう一度教師をやろうかなと思っています」

と答えると、

「それならこの人に会いなさい。
 教師をやるならこの人抜きでは語れない」

 
そうして紹介されたのが、森信三先生でした。

私はその場でハガキを書いてポストへ投函。
再び放浪しながら自宅へ戻ると、
森信三先生から冒頭の内容のハガキが
速達で届いていたのでした。

私は取るものも取りあえず
先生のご自宅へ駆けつけました。

当時私は二十九歳、先生は七十歳に近かったと思います。
先生は私を部屋へ招き入れると、

「さあ、こちらへ!!」

と言って、私を上座へ座らせました。
その一連の動作から、先生の「出会い」に対する気迫を感じ、
ただただ圧倒されるばかりでした

その後、何度もお会いするようになりましたが、

先生はいつも毅然としていて、孤高の人でした。
別れ際は

「未練が残りますから、きょうはここで。じゃ」

と言って、決して振り返らずに歩いていかれる。
おそらく、すべてにおいて未練を断ち切って
生きてこられたのでしょう。

厳しい生き方を貫いてこられた背中を見送っていると、
駆け寄って抱きしめたくなることもありました。

        * *

その後、私は中学時代の恩師の勧めで、
横浜の寿町にある生活相談所の職員になりました。
横浜の寿町といえば、有名なドヤ街です。
生活相談所の職員とはいっても、
結局あらゆる相談に応じました。

小学校もろくに通えなかった人もたくさんいて、
勉強がしたいという彼らの要望に応え、
私は無認可の夜間学校を作って教壇に立ちました。
本当に昼も夜もない忙しさでした。

森先生はいつも私を気にかけてくださり、

「あなたの仕事を見てみたい」

とおっしゃっていました。
ある日、関東での会合の帰りに足を伸ばしてくださって、
本当にドヤ街に会いに来られたのです。

ひとしきり相談所での仕事ぶりをご覧いただいた後は、
三畳一間の私の部屋にお泊まりになりました。
教育のこと、仕事のこと、このドヤ街の事情、
森先生は一晩中私の話に耳を傾けてくださいました。

そして、もう明け方が近づいた頃でした。
最後に私は当時一番悩んでいたことを打ち明けました。
それは恋愛のことでした。

ドヤ街での仕事ははっきり言ってきついものがあり、
自分は家庭など持てないと思っていました。
生涯独りで生きていくつもりでしたが、
熱心に言ってくださる方が現れ、悩んでいたのです。

話し終えると、先生は声高らかに笑って、

「これはご縁があるかどうかですね」

と言いました。

「あなたは自分の仕事に命を懸けなさい。
 そうすれば必ず一緒に行く人は現れます。
 相手のことを考え、振り回される人生なら、
 あなたはきっと途中で燃え尽きるでしょう」

そう言って、また笑いました。

私はスッキリして、ドヤ街に骨を埋める覚悟で
働くことを決意しました。
すると不思議なことに、いまの妻が
手伝いに来てくれるようになったのです。

私はあの日の朝焼けの空と、
先生の澄んだ笑い声を
いつまでも忘れることができません。

現在は大学で児童福祉学を教える立場になりましたが、
いつも耳の奥で、

「自分の仕事に命を懸けなさい」

という森先生の声が響いています。
昨年は先生の十三回忌でしたが、
その存在は世間でも私の中でも
ますます大きくなるばかりです。

謦咳に接した一人として
先生の教えの一端でも
受け継いでいきたいと思っています。

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「人間力.com」は月刊誌『致知』より引用しています。

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