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「神様がくれたさつまいも」

海老名香葉子(えびな・かよこ=エッセイスト)   (『致知』2005年8月号「致知随想)        昭和二十年三月十日、東京が米軍による大空襲に遭い、  たった二時間のうちに十万人が亡くなりました。    早いもので…

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「人という字を刻んだ息子」

秋丸由美子(明月堂教育室長)   (『致知』2007年5月号「致知随想」) 『致知』 ※肩書きは『致知』掲載当時のものです ※明月堂は「博多通りもん」で有名な福岡の和菓子店です。 ………………………………………………………

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「娘が残した九冊の日記」

植木誠(教研学習社代表)   (『致知』2005年7月号「致知随想」)                        二十二年前、十一歳だった娘の亜紀子は 「ママ、ごめんね……」という言葉と九冊の日記帳を残し、 この世を…

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「やらされている百発より、やる気の一発」

中村豪(愛工大名電、豊田大谷高校野球部硬式野球部元監督)   (『致知』2008年12月号より) ■高校時代のイチロー  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  愛知工業大学名電高校、豊田大谷高校で  野球部監督を務めた31年間、  部員…

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「美容室の天使」

北川八郎(陶芸家)   (『致知』2004年7月号連載「三農七陶」より) 四月は三越での個展もあって 東京滞在が一か月近くになった。 その間たくさんの人々と出会った。 たくさんの方々にお世話になった。 そしてたくさんの生…

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「遺された五百十二篇の詩」

矢崎節夫(金子みすゞ記念館館長・童謡詩人)   (『致知』2010年4月号「致知随想」より) 昭和五年、二十六歳という若さで世を去った 童謡詩人がいました。 山口県・仙崎の地で生まれ育った金子みすゞです。 いまでこそ広く…

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「自分の仕事に命を懸けなさい」

加藤彰彦(沖縄大学人文学部福祉文化学科教授)   (『致知』2005年6月号「致知随想」) 二十代最後の年、放浪の旅から戻ると 一枚のハガキが届いていました。 「万難を排し、ただちに来られよ」 差出人の名前は「森信三」と…

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泥を肥やしに咲く花

松原紗蓮(浄名寺副住職)        (『致知』2009年3月号「致知随想」)  私が愛知県西尾市にある浄名寺に預けられたのは、  2歳7か月の時です。  幼い頃に両親は亡くなったと聞かされ、  親代わりの庵主様や、世…

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命の手応え

加藤淑子(元レストラン「スンガリー」経営者)        (『致知』1990年7月号 「致知随想」より) わが郷愁の街、ハルビン――。 戦前、「極東のパリ」と呼ばれたこの美しい街と そこに暮らした人々への愛と尊敬の気持…

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孤児たちのオモニ

田内基(たうち・もと=社会福祉法人こころの家族理事長)        (『致知』2008年6月号「致知随想」より) 母が他界して今年で40年の歳月が流れました。 最近、韓国のテレビ局が母のドキュメンタリーを制作したり、 …

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