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若者よ、君たちが生きる今日という日は、死んだ戦友たちが生きたかった未来だ①

八杉康夫(戦艦大和語り部)        『致知』2006年7月号「人学ばざれば道を知らず」より)  大和の後部が白煙を上げているのが私にも分かりました。  なおも攻撃が続けられ、  魚雷が的中した時は震度5にも感じられ…

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人間のいのちが最も輝くとき

五十嵐薫(一般社団法人ピュア・ハート協会理事長)        『致知』2012年5月号「マザー・テレサの生き方が教えてくれたこと」より) かつてある新聞記者がマザー・テレサにこんな質問をしたそうです。 「あなたがたった…

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苦しみの日々、哀しみの日々

鈴木秀子(文学博士)        『致知』2013年7月号連載「人生を照らす言葉」より) 詩人・茨木のり子さんの詩に、 「苦しみの日々 哀しみの日々」という作品があります。  分かりやすい詩ですから、そのままご紹介しま…

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笑う者の運命は光のごとく輝く

宅間正恭(タクマ工務店社長)   (『致知』2010年5月号 より)   岐阜県大垣市で工務店を経営する私の元には、 毎月50名を超える人たちが全国から訪れてくる。 事務所の上のフロアで行われる先祖供養祭と、 締め括りに…

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英霊たちへ捧げる写真

坪本公一(水中写真家)        (『致知』2006年9月号 致知随想より)  太平洋海底に眠る英霊の慰霊と沈没艦船の撮影を続けて三十余年。  写真店経営で得た利益や本の印税をすべて注ぎ込み、  切ったシャッターの数…

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妹は私の誇りです

山元加津子(石川県立小松瀬領養護学校教諭)        (『致知』1997年11月号) きいちゃんという女の子は、手足が不自由でした。 そして、いつもうつむきがちの、どちらかというと 暗い感じのするお子さんでした。 そ…

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身を挺し研修生を救った木鶏の仲間

櫻井健悦(ケイ・エス代表取締役、石巻木鶏クラブ会員)   『致知』2011年6月号「致知随想」より 中国ではいま一人の日本人男性の命懸けの行為が  国民の間で大きな感動を呼んでいます。    宮城県女川町の佐藤水産専務・…

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最悪のことを最善のこととして生かす

大塚全教(無心庵 この花会)   (『致知』2001年7月号 特集テーマ「涙を流す」より) 大石順教先生は毎朝必ず、口に筆をくわえて 二時間ほど絵をお描きになり、それは一年を通じて 一日もお休みになられませんでした。 先…

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笑う者の運命は光のごとく輝く

宅間正恭(タクマ工務店社長)   (『致知』2010年5月号 より)   先日、ある経営者が 奥様を連れて事務所に駆け込んできた。 自分の会社が倒産寸前となり、 自殺を考えていたところ、 ある人から私に会うことを勧められ…

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「息子の名前のつく村 ~ナカタアツヒト村~」

中田武仁(なかた・たけひと=国連ボランティア終身名誉大使)   (『致知』2008年9月号「致知随想」)   平成四年になって間もなく、大阪大学を卒業し、 外資系のコンサルティング会社に 就職が決まった息子の厚仁(あつひ…

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